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コマ: 大変恐縮なんですけど、私と銭湯の関わり合いを話させていただくと、王様と違いまして、幼少の頃、父もしくは母に連れられて近くの銭湯に行っていたんですね。
王様: 小学校の頃ですか?
コマ: そうですね。多分小学校に上がっていなかったと思いますね。歩けるようになってからですか。「末広湯」(現在はテルメ末広)という銭湯で、家から歩いて5分だったんですけど、小さい頃はその5分が非常に長く感じられました。その銭湯に入っていた記憶は全くないんですが、何を覚えているかというと、銭湯からの帰り道なんですよね。行きは覚えてないんですが、帰りなんですよ。帰りは必ず空を見上げて帰つてくるんですが、月が一緒に動いてくる。止まると止まる、歩くと一緒に来る。それである時は父に、ある時は母に、「何で月が一緒に歩いたり止まったりするの?」と聞くんですが、お茶を濁されましてね。それが幼少の頃の銭湯の記憶ですね。
王様: なかなか詩的ですなぁ。で、いつ頃まで行かれてた?
コマ: 我が家に内風呂ができると、銭湯通いはプッツリ切れてしまったんです。その頃から日本は高度経済成長に入っていくわけで、家に風呂があることが夢だったんでしょうねえ。それから何十年も切れてまして、ここ3年程前ですか、甥っ子と姪っ子にせがまれてしぶしぶ連れていくようになって…。ただ、最初の頃は、面倒臭いという気持ちが先に立っていたんですが、甥っ子と何回か行くうちに、自分から「たまには銭湯に行こうかな」と思うようになったんです。とは言っても、当時は仕事が終わった後疲れていたり、おまけに毎晩のように飲んで酔っぱらってしまうし、銭湯は12時に閉まるので11時過ぎまでには入らないとゆっくりできない、というわけでたまに行くぐらいだったんです。ところがある日、家の狭い風呂に一人で入っていたら、なんか棺桶に入っているみたいで非常にわびしくなりましてね。きっと銭湯の良さが、いつのまにか解ってきたんでしょうね。
王様: 棺桶か…、言えて妙ですね。
コマ: そうでしょうね。裸の無防備な人たちがみんなで一緒に入るその環境が「お前もう一人で内風呂にわびしく入っているんじゃないぞ」と言っているような気がして、今まで11時半だったら行かなかったんですが、その日は着替えてすっ飛んで行きました。それからですね、毎日行くようになったのは。ですから、甥っ子と姪っ子のおかげと、ある日の内風呂のわびしさが、毎日の銭湯通いのきっかけなんですよ。

白山プチコラム【その1】
伊賀坂〜いがざか〜
光楽湯の入り口に面した坂道は伊賀坂という。
伊賀坂は、白山台地から白山通りに下る坂で、道幅は狭く、昔のままの姿を思わせる。この坂は江戸時代の武家屋敷にちなんだ坂名の1つである。「伊賀者の同心衆の組み屋敷があった」とか、「真田伊賀守屋敷があった」という2説あるが、『東京名所図会』では真田伊賀守説をとっている。伊賀者や甲賀者はその名の通り、共に大名統制のために活躍した忍者としてよく知られている。

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目次
表紙
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王様と行く文京区白山1丁目界隈の湯
光楽湯と銭湯にまつわる思い出
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王様と東京入浴会
鏡湯
「My銭湯」を持とう!
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