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三つの銭湯を通して見えてくる、
江戸・東京下町ライフ(風情)
以外と面白いぞ、文京区白山!
地元に生活する人々・学生・サラリーマン・OLの町。

 某月某日、午後3時。王様と共に3軒の銭湯を巡ることになったコマジローは共信印刷社屋前にて「My銭湯グッズ」 をたずさえ、王様のお出ましを待っていた。

王様登場。
「本日はお忙しいところを、私ごとき平民のためにお時間をさいていただき、誠にありがとうございます。早速まいりましょう!」と、挨拶もそこそこに、2人は徒歩1分という最も近い「光楽湯」へ向かった。到着すると、王様はまず建物の周りを偵察、いやチェックしようと試みたが、犬の散歩をしている男性が、うさんくさそうに厳しい視線を投げかける。王様は「あの人は光楽湯のご主人…?。怪しまれているようだから偵察はやめよう」と、早速お湯に入ることに。フロントのおかみさんらしき女性に確認すると、その男性はやはり光楽湯の主人であり、女性はおかみさんであった。 王様の推理的中!

王様: 建物が洒落た雰囲気ですねえ。丸い感じでね。たぶん昭和の30年代の建物だと思うんですけど、体育館のようですね。昔の映画館とも思える、その時代にしてはかなり洒落てたでしょうね。
コマ: さすが王様!体育館ですか…。観察眼が鋭いというか、すばらしいですね。
▲指ヶ谷小学校前にあるだけに、体育館を連想してしまうのは王様だけではないだろう。

 王様は、脱衣場やトイレをチェックする。そして昔は番台だった脱衣場を、今はお客さんがくつろげるようにと若干狭くしてフロント形式にしたコトに納得しつつ、風呂場へと向かった。

▲銭湯のおかみさんたちと交流を深める王様
▲カウンター形式の番台横から男性脱衣場を臨む。 ▲特徴のある光楽湯の窓、その向こうにはマンション群が見える。

 30分後。共信印刷に戻った王様とコマジローは、銭湯談議に花を咲かせる。

王様: 「光楽湯」さんは、こぢんまりとしているけれど、どこもきれいでよかったですね。
コマ: 空池というか、水は張ってなかったですけど、庭も印象的でした。
王様: 庭の景色も個性になってきてますんで、あの池は是非復活していただきたいですね。それから奥さんはなかなか明るくフレンドリー!。私の銭湯との出会いを思い出しましたよ。
コマ: ほぉ。お聞かせくださいよ、王様と銭湯との出会いを。
王様: 私の銭湯デビューは非常に遅かった。実は25歳で脱サラをいたしまして、実家を離れ、目黒区にある四畳半、共同トイレ、風呂なしの「公園荘」というアパートで一人暮らしを始めました。そこから銭湯デビューをしたわけです。今から17〜18年前になりますか。
コマ: 幼少の頃に行かれたことはないんですか?
王様: やはり王家でございましたから…銭湯というものは知っていましたが、それまでは未体験でした。入浴料を払って入ったのは25歳の時が初めてでして、その時の銭湯は「鶴の湯」さんで、私にとっては非常にすばらしい銭湯でございました。常日頃、人と人との出会いを大切にする王様でございますから、とくに番台のご主人、奥さんと非常にフィーリングが合いました。実家から離れて一人で住んでいた私のとって、第二の我が家といいますか、そんな存在だったのです。銭湯が閉店する12時直前に行くことが多かったので「今日も遅いわねぇ、でも、王様ならいいわ」なんて言われて…。銭湯から出る時に桶を片付けたりして点数稼いじゃったり。まあ、その時は王様なんて言われてなかったけど(笑)。王様と言えども、銭湯に行くと町の人たちと裸の付き合いができましたねぇ。湯船に浸かって、町の人たちとお相撲や野球のこと「最近、若乃花は強くなったね」とか「巨人はダメだね」といった、他愛のないスポーツ談義に花を咲かせたりする、それが私の銭湯ライフの原点なんですよ。まあ、これが本当の「裸の王様」ですかね(笑)。
コマ: いいお話ですね。それが王様の銭湯にまつわる活動のルーツですか。
王様: 『食べ歩き』のように、いろいろな銭湯に『入り歩き』をして調査をしている銭湯好きの方もいらっしゃるけど、私の場合は生活に密着した銭湯好きでございます。それがメジャーデビューして、結婚して、最近では銭湯から足が遠のいていました。その代わりといいますか、毎月1回東京都内の銭湯に入る会『東京入浴会』の会長をやらせていただいたり、CDで銭湯の応援歌を作ったりして、お世話になった銭湯に王様なりの恩返しをしています。お世話になったハードロックを日本語で普及するという恩返し、プラス銭湯への恩返し、こんな感じで銭湯とお付き合いさせていただいております。コマジローさんはどうなんですか?

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目次
表紙
AIDE Magazine
王様と行く文京区白山1丁目界隈の湯
光楽湯と銭湯にまつわる思い出
富士見湯
王様と東京入浴会
鏡湯
「My銭湯」を持とう!
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