バリのタマン・バチャアン探訪記
インドネシアでもまずバリに来たのは、出版社のあいていない土日を有効に使うためと、
バリの古い貸本屋、タマン・バチャアンを探すためである。 タマン・バチャアンはもうほとんど残っていないとは聞いていたが、バリに詳しい知人を頼って、
二つほどあたりがついていた。そのうちウブドのものは単なる古本屋で空振りだったが、サヌールには、あった!
「こども文庫」のようなものだったが、たしかに「タマン・バチャアン」と書かれている。 子供たちが座り込んで読んでいる中には、たしかに日本マンガの翻訳本!小さくなった
「NAKAYOSHI(なかよし)」と、「名探偵コナン」のシリーズ! 他に韓国の少女マンガの翻訳本、 「タンタン」、民族衣装の女性を主人公にした現地風のコミック、「スポンジ・ボブ」
などのアメリカのアニメのフィルムブックの翻訳、「Kuark」と銘打たれた、 インドネシア独自の学習漫画のシリーズもある。
面白かったのは「NOVEL-KOMIC REMAJA」というシリーズで、文字通り小説とマンガが合体したもの (小説の間にマンガで描かれた部分がある)。インドネシアにはときどきある形式だという。
ここで見た本のヒロインはイスラム女性で(考えてみればバリ以外のインドネシアはイスラム圏だ)、 「イスラム」をテーマにしたマンガシリーズも複数出ていた。
さすがに貸本用の古いインドネシア・コミックには遭遇できなかったが、 ここでの聞き取りの結果、「タマン・バチャアン」というのは、貸本屋とは言っても、
本を集めてあってその場で読む、という形式のものをいうらしいことがわかった。 では、本を貸し出してくれて家に持って帰れる貸本屋は…?すると、「タマン・バチャアン」
に案内してくれた知人が、「うちの子の学校の近所に、そういう種類の貸本屋がありますよ」 というではないか!ええっ、ほんとに?
さっそく行ってみると、ありました!それもデカイのが! ひろびろとした店内にさまざまな種類のマンガが並んでいる。日本マンガもあれば韓国マンガの翻訳もあり、
ローカル作家が描いたマンガ風オリジナル作品もある。香港武侠マンガも多い。また、 「ドナルドダック」などディズニーマンガもあれば、「タンタン」「アステリクス」などのB.D.
(ベーデー:フランス・ベルギーを中心としたヨーロッパのマンガ)もある。 そういえばインドネシアの旧宗主国はオランダなので、ヨーロッパのマンガも読まれているのは当然かもしれない。
店の奥で、紐で十字掛けされた、ローカルマンガらしい四角い本の束を見つけて色めき立ったが、 中身は小説だそうで、残念ながら貸本用のマンガというわけではなかった。
ここでは貸し出しは会員制で、最初にデポージットを払って会員になってもらい、 あとは1冊いくらの貸出というのは、シンガポールの貸本屋と同じ形式だ。
インドネシアの学校の近くにはこうした形式の貸本屋が多く、 大きな都市にはかならず複数あるということだった。
こうして、思いがけない二種類の貸本屋の発見にすっかり満足して、 バリを後にして空路ジャカルタへ。出迎えてくれるのは、ジャカルタでマンガスクールを経営する、
茶花ぽこ(著書:『移住楽園』)こと、前山まち子先生だ。
ジャカルタ〜
巨大メディア企業グラメディア
インドネシアは無数の島々からなる国家であり、そのためか、 ほとんどの政治・経済機能は首都ジャカルタに集中している。どのくらい集中しているかというと、
もう、道という道に車が溢れかえって、毎日どんな時間でも、どこでも、とにかく大渋滞。 近郊住民を含めると2千万人を超える都市なのに、公共交通機関が一切ないのだ。
信号もほとんどないし、道を渡ることはほとんど不可能。よくこんなになるまでほっといた、 と感心するほどで、今から地下鉄を作ろうとしても、この渋滞をさらに止めて工事なんかやれるとは思えない。
この先いったいどうするんだろう…と他人事ながら心配になる。
そんな中、まず街の中心にあるグラメディア書店へ。インドネシアでは貧富の差が激しく、
独占禁止法というものは存在しないのか、コンパス・グラメディア社という巨大メディア企業が、 新聞・テレビ・ラジオ・出版社・印刷所・書店チェーン、
すべてのメディアを所有していて圧倒的な力を持っている。グラメディア書店はその巨大企業の書店部門で、 当然ながら国内最大の書店チェーンだ(インドネシアには他にもう一つ、TGAという書店チェーンも存在する)。
そしてその出版部門が日本マンガを翻訳出版し、またローカルなマンガも出版している。
ビルの中にある広い店内にはインドネシア語に翻訳された大量の日本マンガが並ぶ。壮観だ。 単行本も数多いが、インドネシアで特徴的なのは、翻訳された日本マンガ雑誌が何誌も出続けていること。
先述の「NAKAYOSHI(なかよし)」をはじめ、「少年STAR(サンデー)」「少年MAGZ(マガジン)」「Cherry」
(80%が小学館系の少女マンガ雑誌)などがコンスタントに出ている。 白泉社系の「Hana Lala」が出ていたこともあったが、中高生をターゲットにした雑誌は難しく、
続かなかったそうだ。なかで最も売れているのは「NAKAYOSHI」。 インドネシアは女性読者が多く、女性は少女向け・少年向けの両方を読むという。
店内では「NARUTO」や「BLEACH」など定番の少年マンガが目に入るが (とくにNARUTOに関しては、オリジナルのキャラクターブックのシリーズが目についた)、
インドネシアならではの実は意外なベストセラーがある。
「miiko!」=「こっちむいて!みい子」である。翌日行った出版社の聞き取りでは、 なんと、コンスタントな初刷りが「BLEACH」の3倍で、断トツの売れ行きなのだという。
あと、部数はわからないが、インドネシアで目立つのが、植田まさしの「こぼちゃん」だ。 貸本屋でも書店でも、どこへ行っても目立つところに置いてある。
前山まち子先生が茶花ぽこ名で書いた著書『移住楽園』には、インドネシアには起承転結の観念がない、 とあったが、そういうこともあって、インドネシアではあまりとんがりすぎない、
ほのぼのしたギャグマンガが受けるのかもしれない。もちろん、アジアで普遍的な人気を誇る 「ドラえもん」と「名探偵コナン」はインドネシアでも定番の人気商品だ。
ストーリーマンガも読まれていて、先述の「BLEACH」や、最近では「デスノート」のほか、 「遮那王義経」「カンフーボーイ」が人気だという。「カンフーボーイ」…?なんのことだろう?
と思っていたら、前川たけし「鉄拳チンミ」のことだった。 インドネシアローカルのマンガ文化の歴史の中にはアドベンチャー・カンフー漫画があり、
カンフー漫画はとくに人気があるようだ。
そのせいか、インドネシアでは香港武侠マンガが、 それも本国にはない立派な製本の大型単行本で出版されているのが目立つ (香港マンガの基本はアメコミと同じパンフレット状の冊子本)。
香港マンガは基本的には大人のマニア用ということだった。 他に「タンタン」などのB.D.も並ぶが、数はそれほど多くはない。 マンガ売り場の8割は日本マンガの翻訳本であり、その合間に、
現地のマンガ家さんが描いた日本マンガ風のオリジナル作品が並ぶ。
そしてインドネシアにしかないのは、日本よりも薄いコミックスを6冊ごとにまとめて箱に入れた、 美麗な箱入り6冊セット版コミックスである。先にも書いたようにインドネシアでは貧富の差が激しく、
その中でマンガは、かなり恵まれた階層の文化とされているようだ。 まち子先生のマンガスクールに通ってくる生徒も上層の家の子供が多く、
「マンガ」はかなり「オシャレな習い事」という位置づけで、 駐車場にはずらりと高級外車が並ぶという(『移住楽園』)。 この、美麗箱入り6冊セット版コミックス(箱には一つ一つ、
中のコミックスをきれいに取り出すためのリボンまで付いている) は、それを象徴するような商品と言えるだろう。 中国にも箱入りの海賊版コミックスはあるが、これは中を開けてみると、
4pが1pにまとめられていて、むしろ外見で中身の粗末さをごまかすためなので、 ちょっと様子が違うようだ。
一方で、インドネシアには海賊版のマンガもあって、 今回、そうした店の一つを取材することができた。 現在、インドネシアには海賊版のマンガ出版社が3社あって、
それらは紙も印刷もよくない代わり、定価はずっと安い。 少女マンガが多く、海賊版の中には正規版では許可されないようなエロチックなものも混じっているのが特徴だ
(同じマンガを二つの海賊版出版社が出していた例もあった)。 お店の客は7:3で女性客が多い。ここ2年ほどは客足が落ち気味で、
店のおじさんはインターネットの影響ではないかと言っていた。
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