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B 警察と条例改正

河合幹雄 桐蔭横浜大学教授(法社会学)

 
私の専門は、法社会学。耳慣れないですが、司法制度を研究している学問です。特に警察、裁判官、弁護士などが研究対象になります。
 今日午後、私は将来日本の官僚の中心になる人たちに向かって刑事政策を語ってきました。それで今はここに来て条例案に反対している、となかなかおもしろい立ち位置です。実は来月初めには警察の幹部たちへの研修講義も予定しています。今回、かなりとんでもない雑な条例が出てきてるんですが、何でこんな雑なのが出てきたのか、警察の陰謀なのか、とこのへんを整理したいと思います。

 警察幹部の話からすると、こういうことをやらないと日本の犯罪や青少年の健全育成が危ないと思っている人は、ゼロです。警察は本物の性犯罪者を知っていますから、それとこれは全然関係ないと知っている。ただ、幹部の健全さはさておき、今回のことには非常に警察の色を感じます。
 現状は、政権交代もあったし、警察が立法案を出してもどんな法案に化けるか分からない。もう国政はあきらめた、というので、都道府県や市町村の条例で警察が推進したいことをやっていくという作戦です。特に今、治安の問題に注目が集まっていますので、そこを利して全国総なめをめざす。そういう意味で、都の条例だけでなく地方の条例に関しても、これぞ天王山です。今、条例で警察が心砕いているのは、ヤクザの問題です。福岡でヤクザに対するいろいろな条例を作っていますが、それは本気でやっている。

 また、警察が動くときは、カッコつき「市民の声」に動かされることが多い。しかし今日のみなさんの発表を聞いていると、PTAや市民運動団体から声が上がったわけではない。裏づけになっているのは、いわゆる「世論」=アンケート調査でしょう。でもアンケート調査は慎重に尋ねて、正しく解釈しなければなりません。さもないと、「桜が散るのは残念だからずっと咲いていてほしい」(はい・いいえ)だと、みんな「はい」と答えるから、桜が散らないために国力をあげるということになりかねません。こういう規制をやればみんな賛成だろうと勘違いしていたのでしょう。それを証明するために、反対集会にこんなに人が集まるというのは非常に喜ばしい、大きいことです。公訴時効廃止など世論調査を背景に明らかにおかしい法案(時効廃止しても誰も捕まらない)が通る一方で、そのような状況に対し危機感を持つ人も出てきているということかと思います。

 大マスコミは大きく報道しませんが、殺人事件による死者数は、70年代の半分以下、性犯罪も激減しています。少年凶悪犯罪も激減し、年に3、4回なのですが、それを大量報道して、治安が悪いという誤った印象を与えてしまっています。今はまず、民主主義の根本として、正しい情報を国民に伝えてその上で、丁寧な世論調査をやらなければならないんです。

7.総務委員会への布石として

宮台真司 首都大学東京教授(社会学)

 
明日の総務委員会では参考人として話をします。その前哨戦として、今から11枚のパネルをお見せします。

 (パネル1)グラフのとおり、こどものレイプ被害者は激減しています。1960年と2000年の比率ですと約10分の1。年齢別の強姦被害者数もどんどん減っていて、性犯罪が増えているとか子どもが被害にあっているとかいうことはまったくない。

 (パネル2)これは、非実在青少年にかかる規制はゾーニングの顔をした表現規制だということを示しています。この条例改正案は、規制対象の構成要件が不明確なんですね。しかし規制というのは、構成要件が明確で罰則規定があるほうがまだマシなんです。とくに第18条6の2のまん延抑止規定ってやつはですね、都民全員が、いったい何を指すのか対象が不明瞭な「青少年性的視覚描写物」のまん延を抑止する責務を負う。したがって、第7条2項の「非実在青少年の肯定的な性描写」を自主規制する努力義務と、18条の「青少年性的視覚描写物」のまん延を抑止する責務ってのをあわせますと、基本的には市民の悪書狩りを奨励するかたち、あるいは、非常に恣意的な行政指導を根拠づける可能性があります。構成要件の不明確なゾーニングは、表現規制に限りなく近い。

 (パネル3)これは、東京都が発表した質問回答集は基本的に完全に無意味だということを示しています。法理学の基本原則ですが、「憲法は立法意志が全て、法律は条文が全て」です。人事異動や議員の改選があれば、官僚答弁も付帯決議も法解釈を拘束しません。都が繰り返し言っている「条例の解釈は誤解です」というのは苦笑です、というか爆笑です。つまり、都は条文が誤解される可能性を認めたわけですよね。条文に誤解の可能性があるというのは、条文に官僚の裁量行政による権力と権益の余地があることを意味している。つまり、都の質問回答集が言っているのは、「この条文は規制する側が恣意的に運用できますよ。今のところ私たちはこう運営するつもりですけどね」ということなんです。誤解の余地あるものを条文として出してはならない。誤解があるからと回答集が出る時点でこの条例はダメです。

 (パネル4)この規制が、個人的保護法益とは無関連な規制であるということを説明しています。保護法益には個人的な法益と社会的な法益、つまり人権保護のための立法と、社会の利益のための立法とがある。一般に、実在する青少年を被写体にした表現は、人権、あるいは人権のベースになる尊厳を侵害します。だから自己決定で子どもが出演していても将来に禍根を残さぬように、上から目線で介入せよ、という理屈が成り立つ。ですが、「非実在青少年」にはそうした人権を侵害される当事者は不在ですから、この表現規制は個人的法益が目的ではない。

 (パネル5)つまり、今回の条例改正は、社会的な法益が目的なわけですが、社会的法益には一般にふたつの考え方がある。人権内在説と人権外在説です。人権外在説なるものは、人権に外在する利益があるとする立場。刑法第175条のわいせつの規定で「公序良俗」という概念が典型です。一般にこういう表現規制に人が賛成する場合は、とりわけ日本においては、この秩序の利益=公序良俗に反する、という通念が機能する場合が少なくない。今回の場合も、そういう考え方なのだろうと思います。しかし、社会が成熟するにつれて、大半の先進国は人権内在説にシフトしています。つまり、社会構成員間の人権実現の両立可能性や共通基盤、共通財に焦点化する方向に変わってきた。こうした人権内在説を踏まえると、非実在青少年規制の社会的公益はきわめて曖昧です。

 (パネル6)社会的法益という考え方において、ありうる理解のその1は悪影響論ですね。現行条例の第7条 1に「犯罪を誘発し〜健全な成長を阻害するおそれのあるもの」を規制すると書いてあります。ところが、メディアに悪影響の原因があるとする強力効果説には、学問的根拠はいっさいありません。学問的に有効なのは限定効果を証明するデータだけです。その一つはメディア自体がそれを受け取る人の暴力性や性的変態性を形成するということはなく、引き金を引くだけだ、という限定素因説。もう一つは、対人関係に保護されずにメディアに接触する環境こそが問題だ、と。つまり、親しい人と一緒に見るかどうかによって影響がまったく異なってくるという実証データがあります。ここがポイントです。つまり、主流学説が推奨するのは、メディアの受容環境の制御・整備こそが重要かつ最善の策だということなんです。それができない場合の緊急避難としてのみ表現規制が浮上してくる。つまり受容環境の環境整備という最善策の努力を放棄して、いきなり次善の策に飛びつくのは、完全に行政的怠慢であると言わざるをえない。

 (パネル7)ありうる理解のその2は、社会的意思表示論の立場で理解する、ということ。例えば刑事罰には、1.犯罪抑止・犯罪被害抑止、2.被害者や家族・社会構成員の感情的回復、3.社会的意思表示つまり社会の規範のありかを示す、という三つの機能があると言われています。強力効果説の無効性とか犯罪被害者の不在説とかを踏まえると、結局残るのが3番の社会的意思表示ということになる。
 規範のありかを示すための条例だという観点だと、その描写の対象が実在するかどうかはたしかに関係がない。この場合問題となるのは、代替的な意思表示の手段はないのか、ということと、副作用の大きさ。ところが、代替的意思表示手段はすでに存在するんですよ。質問回答集項目5「これまでも性的な刺激を強く受けるような漫画などについては、その子どもの健全な成長が妨げられるのを防ぐため、条例により子どもに売ってはならない、見せてはならないための取組を行ってきました」。従来の取り組みで、社会的意思表示の実現が不十分だったという証拠は一切ない。今回はそういう世論もない。

 (パネル8)さて、危険な副作用というのはどういうことなのかというと、なんといってもやっぱり運用の恣意性なんです。つまり、代替手段があるにもかかわらず7条の2を加えることの社会的副作用とはなにか。規制対象の構成要件が不明確であるがゆえに、表現規制として機能する、この7条2を含む今回の条文は、市民の検証を阻害します。つまり、なにが表現規制されたのかがわからなくなってしまう。

 (パネル9)次にジャパニーズポップカルチャー固有の危機、ということですね。マンガやアニメは年齢判断の恣意性が大きい。設定は成人だが子どもにしか見えないということは普通にある。「かわいい」ことが日本のアニメやマンガの売りです。設定に関係なく子どもに見えることを取り締まれば、日本的表現への死の宣告と同じです。「東京国際アニメフェア」を共催する東京都としても、恥ずべき無理解の露呈になります。いや、すでになっています。そして、もし設定だけが問題なのなら、「これは成人がコスプレをしているだけです」と断ればいい。これはナンセンスでしょ? だから結局、キャラに注目するにしても、設定に注目するにしても、今回の非実在青少年の規定は完全にナンセンスです。

 (パネル10)おそらく規制賛成派の議員さんは「子どもを守りたくないのか?」というでしょう。子どもを守りたいのはみんなおんなじ。事業仕分けと同じ論理が重要なんです。目的はいいとして、手段はそれでよいのか。官僚の利権はよさげな目的に隠れた不合理な手段にこそ宿るんです。子どもを守るという目的はいいに決まってるわけ。しかし、手段としてのメディア規制は疑問です。なぜかというと悪影響論はNG、意思表示論もNG。そうすると、メディア規制によって何をしようとしているのか、よくわからない。

 (パネル11)最後に、雨漏りがまん延すればバケツへの需要が生じるのは当たり前、市場や行政がバケツを提供すればOKになります。しかし、本当は屋根を葺き直すことが本義ではないでしょうか。バケツの提供はあくまで緊急手段的な処置ではないでしょうか。これは比喩ですが、本来、社会の自立こそが本義です。それを補完するのが行政の役割で、社会を行政に依存させてはダメ。メディアの良し悪しについて親子がコミュニケーションする環境こそが本義です。さらに、「現実の枠」より「表現の枠」のほうが大きいのは当たり前。したがって、現実より表現のほうに逸脱が目立つのは当たり前です。だからぼくたちは表現を通じて現実を選べる。そして、この現実の枠を超えた表現について議論することを通じて自分たちがどういう社会を営みたいのかが決まっていく。ところが、その現実の枠を超えた表現を行政が封殺しようとしている。これは社会の自立の自殺にあたります。いや、他殺、行政による社会殺しです。親が子育てを行政に任せていいのか。さらに、今回は呼ばれてもいないのに行政の勝手な暴走であるという点でNGです。

8.作家の立場からの発言

竹宮恵子 漫画家 京都精華大学教授(マンガ学部長)

 
3月15日の集会のとき、ちばてつや先生・里中満智子先生・永井豪先生と一緒に記者会見をやり、都条例に抗議をしました。その後4月20日に、都の側から条例について説明をしたいというので説明を聞きました。ところが、5月6日の都議会総務委員会を傍聴していた中村公彦さんから、議会の中で与党の議員が「今回の件ではマンガ家が世の中に誤解を与えた」と発言し、それに対して都の担当者が「内容は言えないが、竹宮さんにはきちんと説明した」と答えていたので、このままでは、竹宮さんは説明を受けて納得したということにされてしまいますよ、とご報告を受け、とても心外でした。「説明の内容はわかった」とは言いましたが、「この条文である限り、私は反対という立場は変えません」というのはその時はっきり伝えてあります。これだけは言っておきたいです。

山本直樹 漫画家

 
人間の営みにはわいせつ部分を含まなければ表現できないものが確実にあるのに、わいせつを含まない表現は素晴らしいと宣伝し、真綿で首をしめるやり方で特定の表現を消滅させようとすると、表現全体がやせ細ってしまいます。

小沢高広(うめ) 漫画家

 
『大東京トイボックス』という自分の作品のなかに、ゲームに登場する変わったナイフが凶器と同じだったという理由で、ゲームが殺人事件を引き起こしたとマスコミにやり玉にあげられるシーンがあります。その記者会見の場面を紹介させてください。
マスコミ:「テレビゲームは青少年に何の影響も与えていないとお考えですか?」
プロデューサー:「いいえ、少なくとも自分が携わったゲームは与えています」
マスコミ:「問題のゲームが原因と認めるということですか?」
プロデューサー:「ゲームというのは何時間も何十時間もかかります。それだけの時間、人の体を拘束しておいて何も起こらないものなど、いったい何のために作るというんです?」。

 表現するというのは、人に影響を与えるものです。僕が生まれてはじめて読んだマンガは、楳図先生の『イアラ』でした。一緒にやっている作画の妹尾は、手塚治虫の『火の鳥・黎明編』を読んで人の頭に矢が刺さるシーンを覚えているそうです。怖い。けど、そういう経験が根っこにあってこそ、人は暴力について学んで行くのです。娘は2歳ですが、その娘もマンガからいろいろな感覚を学び、成長していってほしいと思っています。

有馬啓太郎 漫画家

 
表現は人に影響を与えるものです。悪人達が善人の村を襲う描写を見て「この悪人達は楽しそうだな」と感じさせたり、かわいい娘が「何があってもお兄ちゃんのこと大好きだから!」と言ってくれる様な作品を見ながら「襲っても好きになってくれるのかな?やってみようかな」等々、そんな妄想を抱かせるような描写のある表現も存在することでしょう。 ただ、そういった作品を見たからといって普通の一般庶民は実際には犯罪行為を実行しません。なぜなら普通の一般庶民はそれまでに学んできた一般常識を有し、表現に影響を受けたとしてもそれを現実に実行して良いか否かの判断が出来るからです。
 今回の条例改正案は「こういった作品を見ていたら犯罪者になるに違いない」と決めつけて居る内容であり、マンガ・小説・映画が大好きな立場からすれば、ものすごく失礼なことを言われている気がしております。

水戸泉/小林来夏 小説家

 
二つのペンネームでBLと性描写のあるライトノベルを書いていまして、現在90冊ほど本を出しています。3月の段階でゲラの手入れをした時、都条例改正はまだ成立していないにもかかわらず、編集さんから自粛の要請がありました。当該の小説はBLなので両方男性で、主人公は片方30歳、27歳なのですが、脇役の子どもが警官を撃ち殺すシーン、これを自粛しろと言うのです。条例成立前から表現の萎縮は始まっています。
 大阪府の方でもBLが規制されましたが、BLというのは、編集・作家・読者も女性で、若い人から60代まで幅広い読者がいる。では、性描写を若い読者に読ませたいかといわれれば、さすがに12歳はまだ早いと思うし、個人的には14歳以降くらいであってほしい。
 BLからの影響が実生活であるとすれば、一番可能性があるのは、中学生の女の子がBLを学校に持っていって先生に見つかることでしょう。でも、BLを読んでいる子が性的にアクティブだという話はほとんど聞いたことがない。学校にBLを持っていかない、公共の場で性的な話をしてはいけないというのは、道徳やモラルの問題です。私は道徳を法律で決めてほしくない。それは親や教育者がやることであり、私たちが下の世代に伝えていくことです。行政が規制することではありません。

会場外写真:永山薫
会場内写真:コンテンツ文化研究会提供
シンポジウム写真:鈴木士郎


Produced by AIDE新聞編集部


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