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C プロ・アマのボーダレス状況が発生

M:(当時のカタログを見ながら)幕張メッセの頃は男性向の割合は少ないですね。全体の5ブロックくらいしかない。それでも、男性系は、88年にうたたねひろゆき達が登場して、少女まんが的な華やかさを持った、いわゆる美少女系という絵柄にシフトしていく時代ではあります。

I:さらに、真鍋譲治の裏アウトランダースとか、萩原一至のSTUDIO LOUD IN SCHOOLとかを求める人々が、会場外の行列用スペースを埋め尽くした時代でもあります。

Y:萩原一至は「週刊少年ジャンプ」でも描いているメジャーな商業まんが家ということになるじゃないですか。そうした作家も、コミケットに参加するようになり、この頃の時代になってくると、コミケットが一般文化になじみ始めてる雰囲気があります。それは宮崎ショックで質的変化が起きて急激に一般的になったという話ではなくて、コミケットの拡大再生産の流れの中で、徐々に全体的にそういう流れになってきたってことでもあるんですか?

M:真鍋譲治みたいに商業誌で『アウトランダース』を描いていた人が、遊びで自作のエロパロをする一方で、同人誌の人気をそのまま引き継いだ形で高河ゆんやCLAMPが商業デビューしていく状況があったわけです。
Y:ある種のプロ・アマのボーダレス化っていうのが、90年前後の特徴ともいえますね。

I:いろいろな流れがこの時期に重なっていたのでしょう。毎回そうした流れがどこかで交差して何かが起きていたっていう点では、ある種革命的な時代だったのかもしれません。

Y:このころ高岡書店とかまんがの森とかで同人誌を売っていたじゃないですか。あれってだいたい何年ぐらいから活発になるんですかね。いやその前に出始めのころっていつごろなんでしょうか?

I:僕が中学生の頃には一部では、もう売ってましたから。

Y:じゃあもう80年代前半ぐらいから書店売りってあったってことですかね?

M:でも、吉田先生がおっしゃる意味で、目立つようになったのは80年代後半くらいからでしょうね。

Y:何で今そんなことを言ってるかというと、80年代後半くらいから、いわゆる新宿や神保町っていう場所のマンガ専門店や大型書店のマンガ専門フロアにいくと、同人誌が買えた時代が来たということは重要だと思っているんです。つまり、コミケットっていう特殊な空間でなくとも、一般の書店でも同人誌がそれなりに買えるということで、ボーダレスな状況が生まれていたという点が面白いですね。


II.90年代初頭のコミックマーケットとコンテンツ文化
─表現規制の問題を中心に─


@ 男性向け同人誌の規制問題


Y:宮崎事件の後、少し時間をおいて、今度は全体的に性的な漫画を規制するっていう流れが90年の秋ぐらいからはじまりますね。

I:有害コミック問題ですね。

Y:宮崎事件はもちろん大きなインパクトがあったわけですけど、その後に世論を巻き込んではじまった様々なレベルでの規制の方がコミックマーケットとしては大変でしたか?

I:おっしゃる通りです。準備会内部においても、どう対応していこうかという議論がかなり交わされました。実際に和歌山県の規制問題から始まって、どんどんと大きくなって有害コミック問題に発展していき、成年マークを入れるみたいな話になり……。そもそも、それまでは同人誌では、修正自体がないような状況でしたから。

Y:私も「修正ないから同人誌だろ」って思ってました(苦笑)。

I:「絵なんだから」という……。それに、商業誌も含めてですが、この頃から絵のレベルが非常に高くなっています。

Y:そうか、トイレの落書きみたいな絵であれば許されたものが、相当高度化しているにもかかわらず、そういう性的な絵を、そのままストレートに載せているのはいかがなものかと?

M:具体的には、91年2月に男性向同人誌の摘発問題がおきました。さきほどから話題になっているまんが専門店などにガサ入れが入って、猥褻図画販売目的所持ということで、5人が逮捕されてしまい、結果的に70人以上の作家や印刷所が検挙される事態に発展します。

I:様々な問題が一気に噴出して、それが全部重なり合って、結果として幕張メッセをコミケットが使えないことになってしまいます。仕方がないので晴海に話を持っていくのですが、当然、先方とは何度も議論をすることになります。その結果、晴海でなんとか開催させてもらうことができたわけです。このことに関する苦労話は、『30年史』とかで米沢が語ってます。もちろん、開催できるといっても今まで通りにやるわけにはいかず、今まで資料用に回収していた見本誌をチェックに使うことになるんです。これが、最大のターニングポイントです。見本誌というと、今では、内容をチェックするためのものと受け取られていますが、そもそもの成り立ちは違うんですね。

Y:好意で出してもらっていたってことなのですか?

M:好意には違いないのですが、資料として集めて活用したいという明確な意思と目的が、そこにはあったと思います。

I:準備会が同人誌を資料として集めて、図書館を作ろうという方針が元々あって、それにこの時はじめて追加されたのが、「チェック」という作業なんです。本当はチェックなんかしたくもないですし、そもそもチェックの基準も最初の頃はまったく確立していませんでした。

Y:そういえば、当時は後から手作業で修正を加えた墨塗り同人誌がありましたよね。

I:いえいえ、未だにあります。チェックを実施した一回目は、どれをどう修正すればいいんだろうかって、米沢と色々と試行錯誤して「性器」を塗ろう、ということに落ち着きました。それがコミケ(日本)の猥褻の基準であろうと考えた結果でした。

Y:それは、昔から一般的に流通していたエロマンガの修正に準じたということですね。

I:劇画系のエロマンガとかがそうだし、AVでもそうだし、ロマンポルノでもそうだし、そうであるならば、我々もソコを修正しましょうと。

Y:ついにここにきて、89年の宮崎事件のショックにもそれなりに耐えてきたコミケットも、一般の文化圏の中に一部組み込まれて、一般の倫理が適用されようになる。私は、コミケット側の持っている倫理と、一般の社会の倫理とか規範は違うと思うんですよ。

M・I:(笑)。

Y:ある種のシャングリラとかアルカディアみたいなものだと思うんです。まんがとかアニメとかゲームとかが好きな人は、自分の意見をそこで言って、より深い部分で好きなことやって表現する。そういう世界が、この辺りの時期を境にちょっと現実世界に近づいた、みたいなとこがあると思ってるんですね。

I:攻め込まれたのかなとは思っています。作品に手を入れるわけですから、正直、未だにやりたくないのもホンネなんですが、会場側との約束もあります。また、コミケットとしてサークルに修正をお願いする以上、何かあれば、我々もサークルと一緒に戦うことになります。このとき、覚悟を決めたところがかなりあります。

Y:内部でこれについての論議とかありました?

I:規制・修正の問題がでたとき、影響力の大きいサークルなどを集めて、渋谷の貸会議室でディスカッションしたのは覚えています。

Y:それは相当大がかりですね。

I:そこまでしないとやはりよくないだろうと。

Y:一種アンダーグラウンド文化の持ってる自己規制的な部分が、一般社会の規制の中に組み込まれていく瞬間ってことなんでしょうね。「規範は世間一般と同じにしてくれ」という……。だから逆を言うと、コミックマーケットっていう存在が、あるいはまんが同人誌という存在が、世間に大々的に認知された瞬間でもあるんですね。

I:言い換えると、アンダーグラウンドから表にでてしまった。出たくなかったにしても、出てしまった以上、やらなければならないことができた。表に出たことによってさらに巨大化していくコミケットがよかったか、アンダーグラウンドに引き込んで縮小して、規制に抗して戦った方がよかったかは、わからないですが。

Y:でもどうですか。例えば、もし宮崎事件や有害コミック問題がなかったとしても、どこかでやっぱり規制の問題ってでてきたと思います?

I:例えば、晴海の会場がなくなって、ビッグサイトに移るといったタイミングで、おそらくはあったと思いますね。

Y:繰り返しになりますが、まんがという「しょせんは単なる絵」の表現に限定しても、規制の流れはあるということですか? そして、それは、画力の向上ということに起因するんですかね?

I:当時、米沢と話した時も、「絵の上手いのが一番やばい」という話になっていましたし。

M:それがまさに松文館事件につながるわけで……。

I:リアルに近い表現でしたから……。米沢とは様々な論議をしましたが、これは性器に見えるのか見えないのかについては、どんなときでも言い切れればいいんだよ、というのが僕と米沢の間での結論でした。例えば、「違う、これはタコの足だ」とか、「それは全然違いますよ。これは性器じゃないですね。性器はこんなんじゃないですよね」とか……。それに対して、最近は、非常に絵が上手な描き手が多くなってきていて、「これでは言い訳できない」というのが修正の対象になってしまいます。

A 女性向け同人誌の表現領域拡大


Y:この当時、女性向の同人誌はどうだったんでしょうか? 個人的な印象としては、あまり直接的に規制されるような描写をする人はいなかったとように思いますが?

I:この時期の女性向は、直截な性器描写はあまり多くありませんでした。

Y:では、男性向への規制開始という時期にあって、女性向けサークルの方はそれまでと変化がないという感じなんですか?

M:もちろん、一部には描写の激しい女性系サークルはありましたが、性器の直接的な描写という意味では少数派だと思います。

I:ちょっと話は変わりますが、摘発事件の前くらいから、美少女系のマンガを描く女性が少しずつ目立つようになります。

Y:女性が男性向の美少女同人誌を描くようになったのは、やはり『セーラームーン』の影響が大きいですよね? 92年の『セーラームーン』って、同人誌にとって大きなブームとなりました。

M:摘発騒ぎの後、少し勢いがなくなっていた同人誌界全体に、強烈なインパクトを与えた作品でした。

Y:勢いがなくなっていたとは、例えば「コミックマーケットにいってもしょうがないや」みたいな雰囲気があったということなんでしょうか。

I:事件の余波が大きく、何をどう描けばいいか、方向性を見失っていたようにも思います。

Y:多くの女性が美少女マンガを描き始めるのが『セーラームーン』より前に始まっているっていうのは、面白いと思います。つまり、すでに下地はある程度できていて、いろんなことを試行錯誤しているところに『セーラームーン』みたいな恰好の素材が登場したということなのかと。

I:『セーラームーン』の時は、本当に男性も女性もボンと増えました。「『セーラームーン』やってる。この前まで『XXXX』やってたくせに!」って、よく言われてましたね(笑)。

Y:「やってたくせに」(笑)。今日はみなさんに伺って『セーラームーン』の放送前から下地みたいなものがあったということが分かって、凄い勉強になりました。

M:まあ、とは言っても、やっぱり『セーラームーン』の第1回放映が終わった瞬間に「こりゃ、エライことになるな」という話で持ちきりでしたね。実際、大変なブームになったわけですが(笑)。この前後の女性系での現象を付け加えるなら、『C翼』『トルーパー』と拡大・成長を続けてきた、女性系のアニパロという手法がほぼ完成する時期でもあります。コミケットでは、91年に「ワタル・グランゾート」というジャンルができますが、このジャンルでは、橘水樹と櫻林子という2人の作家による紫宸殿というサークルが、「C.DARWIN」という300ページ近い、女性系のアニパロの金字塔みたいな大長編を刊行したりしました。これは、元々の『グランゾート』の世界観をいかしつつ、なおかつ自分達の主張や趣味も入れ込んでいて、非常に完成度が高い作品でした。


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目次
表紙
座談会
コンテンツ文化史的にみるコミックマーケットの激動期 2
前文
I. 1988〜1989年におけるコミックマーケットの状況
II. 90年代初頭のコミックマーケットとコンテンツ文化 ─表現規制の問題を中心に─
おわりに ─コミックマーケットの永続に向けて─
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