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II.〜1988年までのコミックマーケットおよび同人誌文化の状況

@ 1987年におけるコミケットの会場と参加者数


Y:87年のコミケットはどのような状況でしたか?

I:会場は東京流通センター(以下、TRC)でした。コミケット31〜33のころですが、TRCのころは『キャプテン翼』が大人気で、流行りはじめた『聖闘士星矢』とあわせて大手サークルに並ぶ行列がスロープを埋めつくしていました。このときにコミケットとして、TRCでは会場がもういっぱいだ!っていう経験をするんですね。

Y:会場規模の頭打ち感ですね。

I:最初は、晴海が使えなくなって TRCにきたんですけど、「TRCは狭いけど二日間やれば同じ規模で開けるから大丈夫だよ」ということだったのですが......。

Y:複数日開催のはじまりですね。

I:前代表の米澤嘉博にダマされて(笑)、「晴海に戻ったらまた一日になるからね」って話があって、じゃあ TRCのあいだは二日間やろうとなったという経緯があるんです。

M:86年のC31のときにTRCに移ったときは、大混雑ではあったけど、破綻まではしてなかった。でも、C32の時はもうダメだった(苦笑)。

I:全館使うには複雑な会場でした。TRCはA・B・C・DホールとEホール、Fホールと別れていて、あちこち移動しなければいけないし段差も多い。それをどうしようかとか、一般参加者の導線をどうしようとか、いろいろ考えながらやっていました。でも、C32のときは、そんな小手先の話ではなくて、一般参加者の列が、平和島駅まで2kmに渡って伸びてしまうという事態に陥ってしまった。当然、米澤代表が道交法違反でちょっと署の方に来て下さいということになり(苦笑)、手を振って見送ったのを覚えています。「この会場で次は大丈夫か?」ということを真剣に考えました。地域住民との摩擦もありましたし、苦しい状態で運営していたというのは確かなことです。

Y:86年のC30まではまだ晴海じゃないですか、このとき、飽和状態になったというのは、広い晴海からTRCに移ったからということなのですか? それは参加数がそもそも増えたからということでしょうか?

M:両方です。

I:入場者がだんだん増えてっている時期です。万単位で増えていく時期でした。

M:83年でまず、増えるんです。一年で、1万3千人が2万5千人とほぼ倍増する。

I:合わせて、申込のサークル数も増加して、サークルの当選率がどんどん悪くなっていました。

Y:80年代後半って男女比はどうだったんですか?

I:女性が8割くらいですね。

Y:それは『キャプテン翼』ブームの影響ですか?

M:間違いありません。キャプ翼ブーム初期の85年冬のC29で参加者3万人が、それが、C32という2年足らずで6万人です。あそこですべてが変わったと言っても過言じゃない。

A 1987年前後における男性向け同人誌をとりまく状況

Y:男性向け同人誌の方面からいうと、同人誌ってレベルでやっていたのが商業出版社を巻き込んで美少女マンガ誌が発行されはじめる、っていう流れがあるわけです。そのベースっていうのは1985〜88年くらいで培われたのでしょうか?

I:TRC に移る前の男性向け同人誌って、『ミンキーモモ』や高橋留美子人気はあったそれほど元気ではないんです。TRCに移った頃から勢いが出てきた。

Y:それは需要もあるでしょうし、読み手の嗜好も変わってきていたのでしょうか。

M:とろろいも1号(新貝田鉄也郎)、新田真子あたりから、亜麻木桂、うたたねひろゆきが出てくるあたりで、絵柄がガラッと変わるんです。いわゆるロリコン系っていわれていたものから、美少女系に移る時代で、それがちょうど87年前後ですね。高橋留美子からの影響が非常に大きいわけですけど、それに加えて女性サークル系の影響なども多少受けるようにもなっていきます。

Y:それは一般的に受け入れられる絵が多くなってきたってことですか?

M:参加者が単純に増えると、やっぱりロリって特殊な趣味なんで限界があります。

Y:「普通のエロ同人誌も読みたい」っていうときに...

M:ロリじゃなくて頭身が高いけど絵柄は今風、ってことになっていく。

Y:この1987年前後の時代って、今まで男性向けでコアだったロリコン趣味とかっていうものじゃないところに全体が行き始めているわけですよね。

I:多様化というか、大衆化というか、人が増えた分だけわかりやすい形になったと言えます。

Y:だけど、このあとに出てくる宮崎事件後のショックって、その前のコアな世代の人たちのほうに親和性があるわけですよね。だから、もう男性向け同人誌の主流が変化し始めているのに酷い事件が起こって、前の世代の主流がやっていた部分を全部掘り返されちゃった、という流れがあるのかなあと思ったんですよ。

I:いやあ、それはないですね。

M:そこまで自覚的な動きではなかったと思いますよ。

I:むかしから、そういう趣味の人たちはまだそこにいたわけで、コミケットはそれを見捨たり、切り捨てたりするようなことはなかったわけですから。

Y:嗜好が広がっていったっていうことですか?

I:単純に広がりですよ。なんでも受け入れていたからそうなっただけで、サークルの数的にはあまり減ってないんですよ。

Y:なるほど。あっ、そうか! サークルが増えたから全体的にロリコン的なサークルが減ったように見えるってことなんですね。

M:今みたいに、「属性」といったことに対する嗜好みたいなものもそれほど強くなかったようにも思います。増えたといったって、今よりは全然数が少ないわけですから。

I:よりマンガの面白さ、奥深さに目覚めていくというのが絶対そこにあったと。

Y:80年代の最初のころっていうのは男性向けっていってもサークル数が少ないから、極端なことを言えば、コンプリートも夢ではなかったわけですよね。でも80年代後半からは絶対に無理ですよね。

I:ええ、まったく。コンプリートどころか、参加者の増加と混雑が大変なことになってくる。

Y:そういう点からも、ある種の限界を超えたという実感はあったのですかね?

M:当時のカタログには配置図の欄外に「混雑予想サークル」って大手サークルが記載されている時代です。混雑対策として開き直るしかない。男性系で載っているサークルを見てみると、とろろいも、T2―UNIT、TENTHOUSE、カクリッパ、アルプス興業などですか。

Y:T2-UNITだと、U-GAIMが87年くらいか。U-GAIMってけっこう僕は衝撃だったんですね。設定資料的な同人誌は以前からありましたが、結局最後にパイロットフィルムですが映像も作るわけですから。

M:その前史として、美少女ロボットとしては、ふじたゆきひささんや園田健一さんの活動があり、アニメとしては、DAICONフィルムがあり、STUDIO AWAKEとかがあり、商業化という意味では『プロジェクトA子』(86年)というのもありました。

Y:アマチュアのレベルが相当上がってきて、一般的な商業コンテンツに向かっていって、他の著名な同人サークルとかも意識的に「コミケットから商業マーケットへ」っていう感じになってきているってことですかね?

M:でもまだ、アングラはアングラだったと思いますね。

I:まだ普通の店で同人誌が気軽に買える時代ではないですから。

Y:なるほど。コミケットに来ないと買えないプレミア価値は依然あるってことですね。

三崎尚人

まんが評論家・同人誌研究家。1996年より、Webサイト「同人誌生活文化総合研究所」を主宰。まんが情報誌「ぱふ」に『同人誌界流行通信』を連載中。


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目次
表紙
座談会
コンテンツ文化史的にみるコミックマーケットの激動期 1
はじめに
I. 80年代のコンテンツ文化
II.〜1988年までのコミックマーケットおよび同人誌文化の状況
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