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■メルクマールとなる1989年 ─むすびにかえて─

 80年代末、とりわけ1989年の国内社会事情を振り返ってみよう。1月には昭和天皇が死去し、多年にわたって親しまれた「昭和」が終焉を迎え、続く2月には、戦後ストーリー漫画の創始者でもあった手塚治虫が死去、さらに6月には、昭和を代表する歌手・美空ひばりが死去するなど、この年は、特に戦後の国内文化が大きな節目を迎える転換期となった。また、ほぼ同時期に、日本を震撼させる2つの特異な犯罪が起こった。一つはいわゆる「コンクリート詰め殺人」であり、もうひとつは猟奇的な幼女連続誘拐事件、いわゆる「宮崎事件」である。前者は「ツッパリ」などの語に代表される不良文化が80年代に過剰化した末の悲劇であり、後者はコンテンツのマニア≒オタクが引き起こした最大の事件ということができるだろう。
 特に「宮崎事件」のインパクトは、メディアの過熱報道ともあいまって、オーバーグラウンドのコンテンツ文化のみを享受する一般の人々に、負のイメージを伴った「オタク」の存在を強制的に認識させることになった。また、オタクの存在が一般的に認知されるにともない、彼らが集うコミックマーケットにおいて実践されつづけてきたコンテンツ作品に対する「パロディ」と「メタ化」という手法が一般にも浸透していくことになる。つまりは、アンダーグラウンドで練り上げられた同人誌・同人アニメ的な手法が、オーバーグラウンドのコンテンツ作品にも影響を与える土台を一般社会に築いたことを意味しており、80年代に蓄積された「裏」コンテンツが一挙に「表」に噴出し、一般文化のムーブメントとしてのコンテンツ「再構成」の時代が到来するキッカケとなったのである。これは一般社会と、コミックマーケットに代表されるオタク文化とが初めて正面からぶつかりあったということであり、オタク文化が一般社会における規範や規制にさらされる第一歩でもあった。
 それはまた90年代以降のコミックマーケットにも、直接的、間接的に大きな影響を及ぼすことになる。

(以下、続く)


※掲載図版は全て筆者所有の資料を用いました。
※本稿の続きは、次回コミックマーケットカタログの「AIDE新聞」に掲載予定です。
※本稿は、コミックマーケット準備会の要請に応じて行われたワールドコン2007での筆者の講演を基に、文章化したものです。ここでは、コミックマーケットの成長に沿う形でコンテンツの歴史を概観したため、個別のコンテンツ分野における歴史や具体例を相当簡潔に省略していることをおことわりしておきます。



撮影:神社中村 協力:コミケット準備委員会
Produced by AIDE新聞編集部



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目次
表紙
戦後コンテンツ文化の発展にみるコミックマーケットの意義 - その1
はじめに
1950〜70年代の社会状況の変遷とコンテンツ
70年代のコンテンツ系サークルの成立とコミックマーケットの誕生
80年代の社会状況とコンテンツ
80年代前半におけるコミックマーケット
80年代後半におけるコミックマーケット
メルクマールとなる1989年 ─むすびにかえて─
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