|
|
|
■1950〜70年代の社会状況の変遷とコンテンツ
@ 国内の社会状況
日本では、第2次世界大戦における敗戦のショックと戦後の混乱からの自立を求めて、政治的、経済的な復興を目指す努力が各方面で続けられていた。1950年代、1960年代においては、世界情勢の変遷ともあいまって、高度経済成長とよばれる驚異的な経済復興が実現された。また政治的にみれば、1951年におけるサンフランシスコ講和条約の締結と、それによる民主主義国家としての国際社会への復帰など、めまぐるしく状況が変化した時代であった。
そのような政治・経済状況を背景とした1950年代は、絵物語の大ブームが、少年雑誌の発行、ストーリー漫画の発展を招き、あるいは東映動画の成立によって国産長編アニメーションの製作・公開が始まり、テレビ放送が開始され『月光仮面』が大ヒットするなど、日本独自のコンテンツ文化の基盤を確立する大きな動きがみられた時代であった。それらを継承する1960年代には、漫画専門雑誌の創刊と週刊誌化によるストーリー漫画の多様化と先鋭化、『鉄腕アトム』に代表される連続テレビアニメーションの成立とアニメスタジオの勃興、円谷プロダクションによるテレビ特撮番組『ウルトラQ』さらに『ウルトラマン』の製作・放送など、大量消費時代の到来に呼応するように質・量ともに戦前までとは比べ物にならないコンテンツを生み出し、コンテンツ文化が国民に定着していった。
このような50年代、60年代の社会状況を経て、大阪万博の開催とともに1970年代の幕が開いた。生活の向上をもたらした早急な経済復興は、その反面で大きなひずみと矛盾を生み出した。その一端は、「公害」という形で表面化し、社会問題となった。また、60年代に激化した学生運動は、1969年の東大安田講堂攻防戦での象徴的な敗北によって沈静化に向かい、70年代に入ると、その一部が過激派とよばれる集団に転化し、あさま山荘事件やその他のテロ事件を引き起こした。政治の面では、政治腐敗の追及が、現職首相の進退問題に及んだ。一方で、欧米に始まったウーマンリブの影響などを受け、女性の権利向上運動が広く展開していく。なお、女性の自立とそれにともなう発言の活性化という文化状況は、コミックマーケット、ひいては同人誌の誕生と発展にきわめて大きな影響力をもつことを記憶しておきたい。
ここで黎明期における同人誌(ないし、同人誌的なもの)にも触れておこう。漫画同人誌ということに限るなら、例えば60年代後期に虫プロが発行していた実験色やアート色の濃い『COM』の付録雑誌『ぐらこん』(図版①)と、そこから派生したぐらこん関西支部による作品集(図版②)の出版なども一種の同人誌の形態といえるだろう。ただし、これらの同人誌が、セミプロないしプロ志望者による作品発表の場であり、通常の出版・流通ルートに則しているという点で、後述する70年代以降の漫画同人誌とは全く違うものであるということができる。
A 70年代におけるコンテンツ文化の特徴
70年代におけるコンテンツ文化の特徴として、「政治・経済における閉塞感への従属・警告・反発と離脱」という傾向が見受けられる。日常化する危機意識と危機回避策の模索という気運は、コンテンツ作品へも大きな影響を与えた。以下、具体的な作品をあげながら確認していこう。 戦後の日本を代表するコンテンツ作品の一つでもある『ゴジラ』は、破壊神としての役割を果たしたのち、人類の味方として様々な『悪』とたたかってきたが、1971年には公害問題と戦うことになった。『ゴジラ対ヘドラ』では、美術史を学んだ撮影畑出身の坂野義光を監督に迎え、公害が生み出した怪獣ヘドラと壮絶な戦いを繰り広げるゴジラを描いてみせた。劇中にただようサイケデリックな映像と閉塞感・倦怠感は、この当時の状況を見事に切り取っている。また同じ1971年より放送が開始された『仮面ライダー』は、巨大な悪の組織ショッカーに対抗する改造人間・仮面ライダーの活躍を描くテレビ特撮作品である。公害とテロリストを象徴する悪の組織に、バッタをモチーフにした平和の象徴である大自然の使者が闘いを挑む、という極めて同時代的なテーマを暗喩する本作品の成功は、変身ヒーローものと呼ばれる特撮テレビ番組のブームを招来した。映画に目を転じれば、小松左京のベストセラーを映像化した『日本沈没』などのパニック映画が大ヒットを記録している。この状況下で製作された『ノストラダムスの大予言』(1974年)では、核戦争と公害蔓延による人類滅亡のイメージをつなげるという手法でスマッシュヒットを記録した。劇中に登場するミュータントの描き方などから、後に放送等を自粛することになる本作に携わったスタッフ(監督の舛田利雄ほか)によって、70年代を象徴するアニメーション『宇宙戦艦ヤマト』が製作されていることも、世相とコンテンツ作品との関係を明示している。
1974年にテレビ放送が開始された『宇宙戦艦ヤマト』は、異星人の放射能攻撃によって滅亡寸前に追い込まれた人類を救うため、地球の浄化を実現する機械を与えてくれる他の惑星へ旅する宇宙船・ヤマトとそのクルーの活躍を描いた作品であるが、ワープ航法、波動砲など難解な設定が当時の一般視聴者にはあまり受け入れられなかった。その一方で、これまでにないハードなSF的世界観によって熱狂的なファンを獲得し、本放送ではふるわなかった視聴率も、再放送ごとに上昇していき、ついには劇場用アニメーションの製作・公開にこぎつけた。劇場公開の初日にはファンが早朝から行列をするなど、その熱狂ぶりがマスコミにとりあげられて社会現象となった。この熱狂的なファンの存在が、はじめて「アニメ・ファン」というカテゴリーを世間に印象づけた。また、ヤマト・ファンを中心とした初期のアニメ・ファン達は、同人サークルを結成し、ファンジンといわれる同人誌制作の担い手となった。
また、70年代の漫画界では、50〜60年代を牽引した手塚治虫、梶原一騎ら巨匠達の人気に翳りが見え、世界滅亡や人類死滅を題材にした作品が目立つようになる。物語の終盤ないし最終回で人類や世界、さらには地球そのものが壊滅するような「世界滅亡」系漫画としては、永井豪『デビルマン』(1972〜73年、「週刊少年マガジン」連載)、横山光輝『マーズ』(1976年、「週刊少年チャンピオン」連載)、石森章太郎『宇宙鉄人キョーダイン』(1976年、「月刊少年マガジン」連載)、ジョージ秋山『ザ・ムーン』(1972年、「週刊少年サンデー」連載)、楳図かずお『漂流教室』(1972?74年、「週刊少年サンデー」連載)などが挙げられるだろう。ベテラン、新人が入り乱れ、また出版社・掲載雑誌も多様である状況を勘案するなら、同一傾向の漫画が乱立したことは、作者・出版社の個性というより時代の要請による部分が大きかったことが明らかである。このような少年漫画、青年漫画のある種の停滞状況とは対照的に台頭してくるのが、新たな地平に向かう新感覚の少女漫画群であった。竹宮恵子、萩尾望都、大島弓子などの作家が中心となり、『ガロ』や『COM』で培われた芸術的な漫画表現を接収し、さらに従来の少女漫画では見られなかった壮大な世界観(歴史、SF、ファンタジーなど)を持った魅力的な作品を多数生み出した。これらの作品は、熱狂的な女性ファンを獲得し、彼女たちをさまざまな形態の漫画同好会結成に突き動かす原動力となった。
|
 |
 |
図版①
「ぐらこん5」(『COM』(虫プロ商事)1968年9月号付録)。 「同人誌優秀作品集」と銘打たれ本号には、向後つぐおや細井雄二(しまあきと)らの名がみえる。
|
図版②
「ぐらこん関西支部」による『ぐるーぷ1』(1968年、曙出版)。 聖悠紀、みなもと太郎などが執筆。 |
2
(←)前ページへ ・ 次ページへ(→)
|
|