共信印刷WEBサイト
AIDE新聞
→ ホームAIDE新聞コミケ71カタログ出張版(発行:2007.12.9) <<Back <!>Reload
各号へ
コミケ91
アフターレポ
2016冬
コミケ91
カタログ
掲載版
コミケ90
アフターレポ
2016夏
コミケ90
カタログ
掲載版
コミケ89
アフターレポ
2015冬
コミケ89
カタログ
掲載版
コミケ88
アフターレポ
2015夏
コミケ88
カタログ
掲載版
コミケ87
アフターレポ
2014冬
コミケ87
カタログ
掲載版
コミケ86
アフターレポ
コミケ85
アフターレポ
2013冬
コミケ85
カタログ
掲載版
コミケ84
アフターレポ
2012冬
コミケ83
カタログ
掲載版
コミケ83
アフターレポ
コミケ82
アフターレポ
2012夏
コミケ82
カタログ
掲載版
コミケ81
アフターレポ
コミケ80
アフターレポ
2011夏
コミケ80
カタログ
掲載版
コミケ79
アフターレポ
コミケ79
カタログ
出張版
コミケ78
アフターレポ
コミケ78
カタログ
出張版
コミケ77
アフターレポ
コミケ77
カタログ
出張版
コミケ76
カタログ
出張版
コミケ75
カタログ
出張版
コミケ74
カタログ
出張版
コミケ73
カタログ
出張版
コミケ72
カタログ
出張版
コミケ71
アフターレポ
コミケ71
カタログ
出張版
コミケ70
アフターレポ
コミケ70
カタログ
出張版
コミケ69
アフターレポ
コミケ69
カタログ
出張版
コミケ68
カタログ
出張版
イベント
レポート
エピタニメ
コミケ67
アフターレポ
コミケ67
カタログ
出張版
コミケ66
アフターレポ
コミケ66
カタログ
出張版
2004 春号
アンヌの
コミケ参加
体験記
コミケ65
アフターレポ
コミケ
カタログ65
出張版
コミケ64
アフターレポ
コミケ64
カタログ
出張版
AIDE Magazine
2003 Spring
AIDE Magazine
2002 Summer
コミケ61
カタログ
出張版
第44号
第43号
第42号
コミケ57
カタログ
出張版
第41号
第40号
第39号
第38号
第37号
第36号
第35号
第34号


「米沢代表」を偲ぶ


石上佳孝
(コミックマーケット救護室兼国際部統括)

■米沢体制の終焉と即売会の今後についての覚書

【コミケは社会主義的資本主義】
 コミケ設立前後の空気をわずかながら見聞した経験で述べさせてもらうと、設立当時のコミケを巡る雰囲気は無論今とは違っていた。
 私は「コミケ=社会主義的資本主義」論をかねてから唱えているが、間違いなく設立当時のコミケはスローガン主体であった。それが米沢体制に引き継がれてから市場経済の論理が強まった。箱の問題かも知れない。時代の要請だったのかも知れない。しかしある時点から米やんはあまり理念を(タテマエで語ることはあったにせよ)語らなくなったように思う。さらに幕張事件以来、場の維持により重きを置くようになった。
 しかし依然としてコミケには独特の文化的風土のようなものが色濃く残り、他のイベントとは全く違う雰囲気であることは誰しも認めるところである。人間、欲望だけでは殺伐とする。どこか理念を必要とする部分がある。スローガンには人を夢中にさせる熱があるのだ。そして米やんはこの理念と現実の絶妙のバランスを心得ていた。問題は後継者がこれを理解しているのだろうか、ということだ。
 幸い、米沢コミケの理念は幹部スタッフには十分継承されているようなので、暫くは安泰だろう。だが、懸念すべき要因もある。はたしてマンガという表現形態が今後も支持されてゆくのか、少子化が新規参入者に影響を与えるのか、スタッフの疲弊対策とモチベーションの維持が可能なのか、準備会に制度疲労はないのか。

【鍵を握るコミケの国際化】
 全く私の個人的な道楽で、国際部の設立を認めてもらったのはもう今から15年も前のことになる。1989年に初のアニメコンベンションがアメリカで開催されて以来、コミケは海外進出には比較的早くから取り組んできた。93年には早くもコミケ初の海外出展として「アニメアメリカ」に参加している。おたくは洋の東西を問わないことを確認できた海外参加だった。その後も海外スタッフを迎えて海外との交流を幅広く行ってきた。日本のマンガ文化輸出の話が最近マスコミで聞かれるようになったが、草の根レベルでコミケが果たしてきた役割は少なくないと思う。
 やや行き詰りが見える同人界も、目を海外に転じればまだまだ未開拓の分野が広がっている。コミケを訪れる外国人の数も年々増え、国際部の部屋は多士済々、あたかも梁山泊のようである。私は国際部が今一番やっていて楽しい部署なのではないかと思っているのである。


本記事にご寄稿いただきましたみなさま、まことにありがとうございました。
文中一部、敬称を省略させていただきました。

【共信マン助手より】
 私個人の米沢さんとの最初の「出会い」は、1981年ころ、アニメ雑誌の情報覧に載っていた「コミックマーケット/川崎市民プラザ」という小さな告知でした。「東京ではこんなに大きなファンのイベントがあるんだ」と漠然とそこに憧れていた地方の小学6年生が、十数年後にまさかAIDE新聞を通じて本当に米沢さんと「出会う」ことになるとは…。米沢さんは「もっと多様な表現を求めるとはどういうことなのか」「オルタナティブであり続けるとはどういうことか」を、常に私に考えさせてくれる方でしたし、これからもずっとそれは変わらないでしょう。あまりにありふれた表現ですが、大変お世話になりました。そして、ありがとうございました。 (田中恵美)


9

(←)前ページへ ・ 次ページへ(→)

目次
表紙
コミケ71カタログ出張版
AIDE的に「米沢代表」を偲ぶ
「おたく訪ねて三千里」ブラジル編
 <<Back  ★Home  ↑Up  <!>Reload  □Mail
©1997-2011 KYOSHIN PRINTING CO.,LTD