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「米沢代表」を偲ぶ


呉智英
(評論家、日本マンガ学会理事、AIDE新聞出張版67「日本マンガ学会」特集にて取材)

■日本で一番たくさんマンガを読んでいる男

 米沢義博君の訃報に接した時、何かの冗談としか思えなかった。米沢君には、ヘタな駄洒落を口にしてはまわりの人を顰蹙させ、それを面白がる、という悪い癖があった。今回もその1つかと一瞬思ったが、訃報では駄洒落になっていない。そうだとすれば、米沢君は本当に亡くなったのだ。しかし、とても信じられない。最後に会ったのは、ほんの3ヶ月前、新潟で開催された日本マンガ学会の第6回大会だった。米沢君は学会設立時から理事を務め、学会運営に尽力されてきた。特に今年の新潟大会では、地元ガタケットの連携の仲立ちとして、他の理事に倍する働きをされた。7月1日、2日の大会期間中はもとより、その前後の準備・撤収作業の後の飲み会も遅くまでつき合い、病気の気配も感じられなかった。しかし、既にその時、不治の病に冒されていることを当人は知っていたのだ。気丈だとしか言いようがない。例のヘタな駄洒落もしばしば口にしていたのである。
 米沢君の業績については、誰かが書くだろうし、私も他のところにいくつか書いた。ここではくり返さない。業績というのとはちがうが、マンガ評論新人銓衡委員を長く務めていただいたことを、ここに記しておきたい。
 マンガ評論新人賞は、初め「コミック・ボックス」誌上で、同誌がトラブルで休刊してからは「ガロ」誌上で、同誌もトラブルで編集スタッフが引き上げてからは「アックス」誌上で、という具合に、掲載誌を乗り継いで、続けられた。私と村上知彦君と米沢君の3人が委員で、もちろん1円の報酬も出ないボランティア活動である。銓衡会でいつもマンガ史を踏まえた卓論を展開したのが米沢君であった。日本で一番たくさんマンガを読んでいるのが米沢君だとは、衆目の一致するところだが、その素養を背景にした見解があった。
 米沢君の残した足跡はどれも余人には代えがたいものであった。中途で終わらざるをえなかった仕事もある。これらを受け継いでゆくのが、我々の使命だろう。



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目次
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コミケ71カタログ出張版
AIDE的に「米沢代表」を偲ぶ
「おたく訪ねて三千里」ブラジル編
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