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 ただし。
 リトルボーイは、ことオタクシーン内においてはほとんど話題に上る機会もなく、完全スルー状態のままひっそりと会期を終えたと言っても過言ではない。別にわざわざニューヨークまで出向かなくとも、いかにも知ったような顔をして、ネット上で無責任極まりないバッシングをすることなど誰にでも可能なわけだが、それさえもほぼ皆無なのである。
 意識的な無視派のなかには、'00年あたりの過剰な村上バッシング期を踏まえた上で、「別にもうどうでもいいから。いまさら批判したところで、過去を蒸し返すことになって不快になるだけだし」といった向きも少なくない。それはそれで(言論封鎖としては)利口なやり方なのでとくにどうとも思わぬが、ぼくが気になるのは「村上を肯定することも否定することもできないオタクたち」の存在だ。

 村上は、「オタク的資質の希薄さゆえにオタクになることができなかった」人物である。つまり、いくらオタクやそのカルチャーを必死に学習したところで、村上は死ぬまでオタクになることができない。よくも悪くも、オタクというのはそういうものであったはずだ。
 なぜ「あった」という書き方をするのかと言えば、いま、それがすでに過去形にしか感じられぬためである。
「かつてオタクと呼ばれた人たち」と「いま現在オタクを自称する人たち」は、呼称こそ同じオタクだが、その意味と質は著しく異なっているように思う。かつてのオタクが“半送り手(セミプロ)”とでも称すべきポジションに位置し、ある種の(ただし不毛な)クリエイティビティへ直結していたのに対し、いま現在オタクを自称する人たちの大半は、ただの“消費者”であると言ってもよいのではないか?
 その変容についてここで是非を問うつもりはないが、つまりは、いま現在オタクを自称する人たちの大半は、「オタクになることができなかった」村上よりも、明らかに「オタクとして薄い」のだ。オタク的知識も薄ければ、オタク的視点もオタク的感性もとにかく薄い。
 そうした“自称オタク”が、10年以上にわたり日々ドーピング的にオタク学習を繰り返し続けてきた“強化人間”たる村上を批判することができないのは当然であり(「村上を批判する資格がない」ということではなく、「オタクとして薄いがゆえに、村上批判への切り口を見つけ出すことができない」のだ)、そう考えれば、リトルボーイがオタクシーン内で放置プレイにさらされたまま終わったのも、ある意味、当然のなりゆきだったのかもしれない。

 かつてのオタクから「不親切と不義理を問われバッシングされた」状況と、いま現在のオタクから「なんだかよくわからないし興味も関心もないからスルーされる」状況は、村上にとってどちらがありがたいのだろう?
 少なくともぼくはひとりのオタクとして、オタクシーン全体が村上のことを否定も肯定もしないこの状況は「漠然とキモチが悪い」のだが。■

24: 國方真秀未、川島秀明、奈良美智ら、ファインアート作家たちの作品により構成された小部屋
25: 名作劇場のテイストが漂う、Mr.のドローイングとオブジェ。よく言えば、オタクとアートの橋渡し的位置付けか
26: 奈良美智作品は、世界中のどこで展示をしても注目の的。やはり「格」が違う?

特別寄稿/写真提供:あさのまさひこ(STUDIO CUBICS)
構成:田中恵美
企画/編集:共信印刷株式会社 AIDE新聞編集部

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目次
表紙
村上隆『リトルボーイ:爆発する日本のサブカルチャー・アート』展
そもそも「村上隆」とはいったい何者なのか?
なぜ村上はオタクから敵視され続けてきたのか?
過去2作とは明らかに異なるリトルボーイの内容
リトルボーイが「完全スルー」されたその背景
「パリおたく便り」第2弾
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