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■なぜ村上はオタクから敵視され続けてきたのか?■ |
こうしたスーパーフラット・プロジェクトがこれまでどのように扱われ、どのように評価されてきたかと言えば、「海外アートシーンでは高評価&超バカ受け、国内アートシーンでは(扱いに困るので)半ば無視状態、オタクシーンではひたすらバッシング」である。
美術評論の世界では“SUPERFLAT”という新たな概念が完全に確立され、海外のアート誌などにも頻繁にこの単語が登場する……のだが、アートシーンでの扱いはひとまず置いておくとして、ここでの争点はやはり、オタクシーン内での扱いと評価だろう。
このスーパーフラット・プロジェクトがスタートする以前から、村上は保守本流層のオタクたちからひどく嫌われ続けてきた過去がある。著名フィギュア原型師・ボーメ(海洋堂)をスタッフに招き入れた1/1美少女フィギュア制作プロジェクト“Project
Ko²”('95年〜)が、保守的なオタクたちからすると鼻持ちならないものであったためだ。
そのバッシング文脈は、「オタクとその文化を搾取してアートの世界へ売り飛ばす、植民地主義に基づく似非オタクアーティスト」というもの。ぶっちゃけた書き方をすれば、「オタクでもないくせにオタクカルチャーをモチーフにした作品を作り、まるでオタクの代表のような顔をしてそれをアートの世界へ紹介する行為は許せない!」という批判である。このあたりのくだりは細野不二彦が『ギャラリーフェイク』の1エピソードとして痛烈に描写していたが('00年9月)、細野は当時のそうしたオタクシーンの状況を風刺として描いたのではなく、細野本人が村上バッシングの筆頭であったことも重要なポイントのひとつである。
ただし、ことさら村上を擁護するつもりもないのだが、ここには「オタク側が現代美術の構造を理解できなかった(真面目に理解しようとする努力が皆無だった)」という少々レベルの低いコミュニケーション・ブレイクダウンが潜んでいる。「他の世界で価値が固まっていたものを、アートのフレームに組み込むことで新たな価値を構築する」という行為や、「下請け職工に作品製作を発注し、できあがった作品を発注主自らの作品としてアートの世界へ発表する」という行為は、ポップアートの世界においてははるか昔からの定番であり、すでに世に認められた手法だ。
つまり、村上に向けられていた批判の大半は「批判として成立していない批判」であったわけだが……もっとも、そうは言いつつも、村上バッシング層の瞳には、スーパーフラット・プロジェクトが「植民地主義の最たるもの」として映ったであろうこともまた想像に難くない。
なぜならば、村上側の落ち度も少なからず目に余るものがあったためだ。
村上は自身のことを、「オタクにあこがれを抱きつつも、オタク的資質の希薄さゆえにオタクになることができなかったオタク世代のアーティスト」として位置付けている。それゆえに、オタクとオタクカルチャーへ村上が抱くリスペクト心はオタクたちがオタクカルチャーへ抱くそれを(掛け値なしに)何倍も上まわっているのだが、ただし、「自分が直感的に気に入ったオタク作家やオタク作品をピックアップし、過去のオタク文脈との相対化も曖昧なままに、いきなりそれを美術館に陳列してしまう」という行為から、「オタクへのリスペクトを感じ取ってほしい」というのは正直なところ虫のよい話だ。「なぜ自分はそのオタク作家やオタク作品を選んだのか、なぜその作家や作品でなければいけなかったのか」を、まずはオタクへ向け、オタクたちが納得することのできる(オタクにも理解することのできる)言葉で説明するのが筋であり、道義ではないか?
その点における村上は、「オタクに対し不親切かつ不義理」と批判されても反論できなかったように思う。
つまり、オタクたちからの村上バッシングは、生じるべくして生じたコミュニケーション・ブレイクダウンであったと言うことができるのかもしれない。 |
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ドラえもんのモデルとビデオ上映。その横には不二子・F・不二雄の原画も展示されていた |
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小松崎茂の「パスト・フューチャー(過ぎ去った未来)」画は、万国共通の価値観に感じられた |
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大嶋優木の美少女フィギュアに見入る。ペドフィリア的な雰囲気にドン引きの人が続出(笑) |
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