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●東池袋への専門店の集中
 池袋に「乙女ロード」ができたのはあくまで最近のことであると強調するような書き方が続いてしまったが、漫画やアニメ関連の専門店自体は、秋葉原などよりずっと前から東池袋にできていた。それは、80年代前半にまでさかのぼる。アニメイトがサンシャイン前に開店したのは、1983年3月である。秋葉原のおたく街化の先駆けとされるメッセサンオーがゲームソフトに加えて同人誌を本格的に扱い始めたのが1992年のことなので、10年近く先行していたことになる。
 ちなみに池袋駅の西側になるが、80年代前半には、東武百貨店内に東映が経営するアニメポリス・ペロというアニメグッズ専門店があった。当時は「ヤマト」「ガンダム」「999」を中心に起こったアニメブームによって、雨後の竹の子のように全国各地にアニメ専門店ができ始めていた頃である。ペロのほかにも、アニメックやアニメプラザ・ミーくんなどが、さまざまな街にチェーン展開していた。現在、「オタク市場」や「萌え市場」が新しい現象のように取り沙汰されているが、80年代にも「アニメブーム」という呼び名でビジネスとして注視された時期があり、数多の会社が参入し、そして淘汰されていったのである。アニメイトはいわば、その数少ない生き残りである。秋葉原におけるおたく系の展開が、90年代にゲームソフトの店から始まったものであるのに対し、池袋におけるそれは、80年代のアニメブームを起点とするアニメグッズ専門店から始まっていた。このことが、おたく街としての二つの街のその後の展開にも、少なからず影響しているように思われる。パソコンでゲームをする人はほとんどが男性であったのに対し、アニメのファン活動をする人は、どちらかというと女性が多かった。
 とはいえ、その後の東池袋一帯への漫画専門店の進出を見渡してみると、女性向けに特化した傾向は長く表れず、男女半々、あるいはむしろ男性客中心の店が増加していったことがわかる。まんがの森(1989)、K-BOOKS(1994)、新宿書店(1995)、ゲーマーズ(1996)、コミックとらのあな(1998)が、次々とできていった。今でこそK-BOOKS池袋店の同人誌の品揃えは女性向けに特化しているが、当時は男性向け同人誌も扱っていた。秋葉原が90年代末頃から急激に変容しだすまでは、この一帯の方がよほど高密度な集中の仕方をしていたのである。
 ではなぜ、このような集中が起こったのか。東京北部から埼玉一帯までの郊外人口を広く押さえられる交通の要所であること、比較的地代が安いこと、東急ハンズやキンカ堂があること、即売会の会場となっているサンシャイン60に近接していること、有楽町線を通じてコミケ帰りの地方客が寄りやすいことなど、池袋の立地的長所は多々あるが、取材してみて特徴的だったのは、東池袋に店を設けた理由として、「そこにアニメイトがあったから」ということを筆頭に挙げるところが多かったということである。客にしてみれば、趣味に関わる店がほど近く集中していれば便利だし、はしごしたくなる。それゆえ競合するにも関わらず、特に小規模の店であれば、同業の店ができているそばに出店しようとすることが多い。そのこと自体はおたく系に限らず、さまざまな分野の専門店に見受けられる傾向で、珍しい現象ではない。

東池袋において、女性専門同人誌書店の先駆けとなったK-BOOKSコミック館
(撮影:森川嘉一郎)
●おたく男女の分離
 ところが2000年代に入ってから、この一帯は、目立って女性向けに偏り始めるのである。2000年秋にはK-BOOKSの池袋の店舗から男性向け同人誌がなくなり、女性向けのみとなった。同年には、女性向け新刊同人誌専門のKACショップと、ドールを扱うボークスがオープンしている。翌2001年には男性の入店を禁じた女性向け専門店アクアハウスが南池袋に現れ(〜2003)、2004年になるとCharacter Queen、KingsKing、まんだらけ池袋店と、いずれも女性向けのキャラクター商品や同人誌の専門店が相次いでオープンし、まさに「乙女ロード」の様相を呈するようになる。サンシャインで行われる同人誌即売会は、90年代から女性向けが減り続け、2000年にはほとんど男性向けによって占められるという、逆方向の変化をしていたにも関わらず、である。
 そうした女性向けへの傾斜の要因の一つとしては、もともと女性客が比較的多く、かつ東池袋への専門店の集中の核となってきたアニメイトが、2000年に8階建てのビルをまるごと占めるようにリニューアルオープンし、その中のスペースを使ってファンイベントを頻繁に行うようになったことが挙げられる。しかしより構造的な背景となっていたのは、90年代の末頃から、男性向けの需要が秋葉原に一極集中するようになっていたということである。これは需給に沿って品揃えの調整がなされるといったことにとどまらず、男性向けの商品知識に長けた店員を秋葉原店へ回さざるを得ず、池袋店で男性向けを扱い続けることが難しくなる、というような影響まであったという。その結果として男性向け商品とともに男性のおたくの人たちが池袋の各店で減り、女性のおたくにとって入店しやすい雰囲気が醸成され、男性客の穴を埋めるように女性客が増加した、という流れだったようだ。その意味で秋葉原と乙女ロードは、兄妹のような関係にある。
 取材の過程でサンシャインでのイベントの売り上げへの効果を尋ねたところ、男性向けのイベントがあるときは、大挙して押し寄せる男性のおたくを避けるためか、女性の客入りが減る印象さえある、という話を聞いた。秋葉原が男性おたくの聖地となったことは、女性のおたくにとっても福音だったようだ。■
とらのあな池袋店1Fの女性向けフロア
(撮影:森川嘉一郎)
まんだらけ池袋店の店頭
(撮影:森川嘉一郎)

取材・編集: 共信印刷株式会社AIDE新聞編集部
特別協力: 森川嘉一郎
協力: (株)虎の穴
(株)ケイ・ブックス
(株)まんだらけ
(株)ケーエーシー
(株)宣伝ルーム(まんがの森)
(株)雑草社(ぱふ編集部)
首都圏新都市鉄道(株)
(敬称略/順不同)
ほか多数の皆様

AIDE新聞では、本記事に対する皆さまからのご意見、ご感想をお待ちしております。是非編集部までお送りください。
http://www.kyoshin.net/ e-mail:info@kyoshin.net

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目次
表紙
秋葉原が変わる!?駅前再開発と『趣都』のこれから−
『趣都の誕生』から3年、秋葉原は変わったのか?
「電気街口」駅前に突如出現した異空間?
秋葉原への新たな足「つくばエクスプレス」
そして、「アキバ系」の未来はどうなる…?
特別寄稿『東池袋に「乙女ロード」はなぜ出現したか』
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