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■「風刺」から「解体」としてのパロディへ

AIDE新聞(以下『A』):

本日はありがとうございます。今回、『著作権問題を考える』のまとめとして、長年、漫画やパロディ表現に関する活動をされておられるお二方に、ご忌憚のない意見交換をお願いしたいと思います。まず夏目さんに質問ですが、コミックマーケットに何度か行かれたことはありますか?

夏目房之介(以下『夏目』):

本当に初期の、区の施設かなんかで細々とやっているときに、初めて行った。

米沢嘉博(以下『米沢』):


じゃあ70年代、22、3年前ですかね。9割オリジナルで1、2割ファンクラブとか研究誌が混じってるっていう頃。
夏目: その段階は知ってるんです。あとは、規模が大きくなったっていう話で、80年代に週刊朝日の『デキゴトロジー』の取材で行ったな、まだ晴海だった。
米沢: 86年くらいですね。もう何千かサークルがあって、4、5万人くらい来ていて…。
夏目: 本当にすごかったよ。今でも覚えてるけど、行ったら、遠目にかわいいミンキーモモがさ、声かけてきた、そしたら男だったの(笑)。コミケとの接点ってその程度だな…。でも僕らの世代はみんなそうだけど、自分の中に漫画の情報が一杯詰まってるじゃない、地層みたいに。そこから出発すると、パロディって、どうしてもやりたくなるんだよね。
米沢: そういえば、今の人は、夏目さんがパロディをやっていたことも知らないかもしれない。夏目さんは、仕事 は、パロディから入ったんですか?
夏目: 『月刊OUT』『ヤンコミ』メインで、他にいろいろ描いてた。でも僕なんかは60年代末から70年代半ばまで学生で、そこまで考えちゃいなかったけど、何となく、自分がやってる漫画のパロディは、海外での『MAD』的なものとか、それまでの風刺とは全然違うっていう感じは持ってたんです。最初やってたころから。あの当時『OUT』で、『8マン氏の最後の生活』っていうパロディをやった。8マンが助手の女の子と結婚して云々、っていう、要するに日常生活のヒーロー、みたいな。同じパターンで、仮面ライダーとウルトラマンもやった。
米沢: 鉄人28号とか、いっぱいやりましたよね。
夏目: 確かに形式はパロディなんですよね。元ネタははっきりしていて、でも作品自体は僕の表現だから。しかもある意味批評的に揶揄してる。
米沢: 基本的には、皆が知っている情報を笑いに変える。
夏目: でも気持ちとしては愛情なんですね。自分が愛している漫画、っていう気持ちが先にあって、だからこそやりたいっていう感じでした。
米沢: 素材にするもの自体が「敵」じゃないんですよね。『MAD』なんかは少々違う。それらは、要するに売れてるもの、人気があるものとか、つまり体制への反発です。だから、スタートレックとか、有名なものをやるっていうのが基本でしたよね。
夏目: 権威に対する抵抗精神、攻撃性っていうのがあって、日本でも当時パロディってそう思われてた。でも実際パロディやってながら、僕はそうじゃないなあっていう感じ。だって漫画なんて権威でも何でもなかったから。僕はそれは、風刺としてのパロディっていう感じから、解体としてのパロディっていう、移行だったんじゃないかと、今思うんですよ。
米沢: それが一般的になったのは70年代末、自然に入ってきた情報そのものが、すでに皆が知ってる情報だから、どんだけ遊んでもいいやっていう感覚だと思うんですよね。まだ70年代頭はそこまでじゃなかったのでは。
夏目: ところが、僕が『OUT』に描いていた後に、アニパロが出るじゃない。世代的には僕らの下だよね。
米沢: 昭和32、3年生まれ以降の。
夏目: その辺になるともう、漫画のパロディそのものを受け入れる市場も大きくなってたし、世代も変わっていたんだと思うんですよね。

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目次
表紙
ごあいさつ
バーチャルアイドルNaNa
著作権問題を考える-4
対談 夏目房之介・米沢嘉博
新装開店!B−Maniacs訪問記
Dr.モロー氏の4コマ漫画
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