「児童ポルノ法案」は
今、どうなっているのか?
にしかた公一(マンガ防衛同盟)
夏までは報道各紙や同人誌界をにぎわせていた「児童売春・児童ポルノ禁止法案」ですが、今のところは動きが見えにくくなっています。国会でも秋以降の動きは非常に静かで、目立たなくなってしまいました。私たち「マンガ防衛同盟」にも、そのためか「いつのまにか通ってしまったのでは…?」と、心配した方からの声も多く寄せられるようになってきています。私たちの同人誌活動、創作活動にも大きな影響を与えかねない「児童ポルノ法案」は、どうなっているのでしょうか。この場をお借りして法案の現状とあるべき理念・方向について、ポイントを解説したいと思います。
法案の審議入りは遅れています
まず法案の現状についてですが、結論から言えばこの法案は6月に衆議院の法務委員会に付託されて以来、いまだ実質審議入りをしていません。12月の短い臨時国会でも、商品券などの補正予算と政局問題(自自連立、自民党の派閥再編など)などの重要テーマがあったため審議に入ることができず、結局は今年中(1998年)に成立しませんでした。
その理由ですが、大きく分けて二つが考えられます。
第一に「児童ポルノ法案」はかなりの重要法案とみなされているにもかかわらず、国会における優先順位が低くなってしまっていることが挙げられます。特に今の最重要テーマである経済・金融分野においてすら、金融再生法案の野党案が成立する前例のない事態となったように、政府・自民党にとって法案のゆくすえが読めない国会運営がなされている影響が大きいようです。実際、与党3党案の作成に関して、当時の橋本龍太郎首相は事あるごとに「まだ法案はできないのか」と、スムースな法案の成立を当然視する立場から森山真弓氏らを後押ししていました。しかし7月の参議院選挙における自民党敗北・橋本政権退陣の結果、小渕恵三首相に政権が移ってからは、そうした声は聞こえてきません。
第二には、当時の与党3党が提出したこの法案に対する対策を、最大野党である民主党が作成中であるためです。こうした場合には、与党…この法案に関しては自民党、社会党、旧さきがけ(解党)…としても対案を無視して進めることは審議上できませんから、民主党案を待つ必要があるわけです。
民主党が提出をめざしている案は、旧与党3党の原案に比べて純粋に「子どもへの性的虐待を禁止し、人権の擁護と福祉の増進を目的とする」色あいが濃厚に打ち出される方向です。また、民主党は法案の作成に賛成する団体だけでなく、「エクパット・ジャパン・関西」など、旧与党3党案に批判的な市民団体からのヒアリング(意見聴取)も行いました。こうした旧与党3党よりも丁寧な手続きをとった結果が実り、12月に入って民主党の「児童性的虐待問題PT(プロジェクトチーム)」は対案の骨子をまとめ、法案化を進める実務作業を開始しています。私たち「マンガ防衛同盟」は、「直接の性的虐待ではない以上『絵』を外すべき」という私たちの主張も反映された民主党案を後押しし、その早期成立を求めています。
いずれにせよ、夏の参議院選挙における自民党の敗北と、民主党をはじめとする野党の躍進、つまり私たちの投じた一票一票による選択が大きく影響しているのは間違いのないところです。
私たちが法案にただちに賛成できない理由
「児童売春・児童ポルノ禁止法案」についてはまず、そのセンセーショナルな名称に目を引かれたという方も多いでしょう。しかし、これはあくまでも旧与党3党が提出した法案の名称に過ぎません(民主党案は別の名称になる予定)。そもそも、このような法案の名称自体が「禁止」による刑事処罰を主な目的とすることを示しており、人権や福祉の観点からは、ほど遠い印象を受けます。その分だけ、道徳秩序に基づいて「子どもに性のことを考えさせなければ・見せなければいい」という「健全教育」の論理、子どもを管理する側の立場が前面に出ているといえますし、だからこそ私たちはこの法案にはただちに賛成できないわけです…「マンガ防衛同盟」は道徳による「健全育成」論は「子ども自身」を無根拠に管理・抑圧する立場であり、合理性に基づく人権擁護・子どもに個人としての成長を期する立場とは根本的に矛盾すると考えています。つまり、一種の「薄められた虐待」だといってもよいでしょう。その意味で、性的虐待者と「健全育成」論は同根だと考えているのです…さらにいえば陰湿な「いじめ」もまた、同根だと考えられます。
例えば「絵」が自社さ案に含まれていることなども、明らかに「健全育成」論の影響です。モデルがいない「絵」によって、誰か具体的な個人が被害を受けるのでしょうか。具体的な被害のない「絵」を頒布するどころか「描く」ことまで禁止する必要があるのでしょうか。さすがに旧与党3党の当事者もそこは認めざるを得ず、例えばマンガなど「モデルのいない絵」については対象から外すという説明はしています。
ですが、本音を言えばあらゆるHマンガ(男性向けであろうとやおいであろうと)の出版も、それどころか描くことさえも禁止したかったのです…実際、森山真弓氏は統一協会系の『世界日報』で、野田聖子郵政相は『朝日』で、それぞれ「今回の法案では残念ながらマンガを規制することはできない」と発言しています。何が「残念」なのでしょうか。野田氏などはさらに踏み込んで「実在する未成年のアイドルをモデルにするポルノコミックは禁止される」とまで明言しています。しかし、これについても実際に虐待を行い、それを再現したものの描写と、想像に基づく創作物に過ぎないものを一緒に扱ってよいのでしょうか。後者ならば絶対自由である、とまでは私は言いませんが、何か措置をとるにしてもまず名誉毀損など、人格権への侵害を第一に考えるべきでしょう。こういった、実際の虐待行為との法理の違いを認めない発言が出てくる背景には、法案によって禁止できる対象を少しでも増やそうという意思が確実に感じられますし、さらにその背景にあるのは「子ども自身の試行錯誤による自己形成」をまったく認めない、「健全育成」論に特有の立場に他なりません。
実際、この法案は「健全育成」論と「貧窮した子どもの救済」、さらには「女性の人権」といった本来ならば全く別々の…場合によっては相容れないはずの立場からくる主張を含むものです。にも関わらず、根本にあるお互いの哲学を検証しあわないままに字面だけの一致に頼って、竹に気を接ぐように作った印象派否めません。こうした矛盾を抱え込んでいたからこそ、法案の審議が止まってしまった、という見方もできます。
弱い立場にある年少の子どもを性的虐待から守る法律は、確実に必要です。だからこそ今回の法案を「子どもの人権と福祉を守る」ものとするためには、理念的にはあくまでも「年少者に対する性的虐待の防止」を、制度的には警察力による処罰ではなく福祉当局による虐待防止・被害者ケアの措置を、それぞれ軸とするべきなのです。この立場を徹底させるのならば、そもそも刑法の特別法としてではなく、児童福祉法の特別法として作るべきだったのではないでしょうか。法案は、作成段階からすでにボタンを掛け違えていたと言えます。
さらに言えば、道徳に基づく社会秩序概念である「わいせつ」の語を残している日本の刑法自体が、人権の概念と自由主義(リベラリズム)の基本原則にそぐわないものです。子どもへの性的虐待については厳しい法律を作っている欧米諸国では、その一方で「わいせつ」という概念を外し、「性的人権侵害」に変えてきました。だから、こうした国々では「性」に関する規制は、原則として重大な人権侵害(強制的な性行為など)があった場合に限られます。日本でも今回の児童ポルノ法案のような法律を作る以上は、同じに刑法から「わいせつ」の概念を撤廃すべきです。つまり、虐待を含まない一般的な性表現については、個人の自由に任せるべきなのです。
いっぽう、当初は法案が議員立法であることを理由に「官僚による法律ではなく、政治家主導の民主的な法律だ」などとして、法案の中身を問わずに賛成一辺倒だった報道の論調にも、変化がみられます。弁護士会に続き日本ペンクラブが旧与党3党の法案に対して反対の声明を出し、また月刊誌『文藝春秋』が法案に慎重な立場を踏まえた対談を掲載するなどしています。
今後、法案のゆくえは?
いずれにせよ衆議院解散などの事態がない限り、年明けに召集される通常国会(会期は通例なら初夏まで)で法案が何らかの形で成立することは、ほぼ確実です。その場合には旧与党3党案と民主党案が、自民党・公明党・共産党などの主張も取り入れつつ、すりあわされることになるでしょう。どのような形になるかは分かりませんが、その場で「絵」の語や「製造・運搬」の禁止規定(「表現の自由」との関係で、通常のわいせつ物は製造・運搬までは禁止されていない)を残すかどうか、さらに最大の焦点となっている単純所持禁止(1枚でも所持すること自体の禁止。麻薬並に扱われることとなる規定)の条文を残すかどうか、などが議論されるはずです。
単純所持の禁止については、今回は処罰まではされない条文上だけの禁止ですが、にもかかわらずこの点が重要になるのは、この部分が3年後の法律見なおしの際に処罰化することをにらんだ規定であるためです。与党3党案がそのまま成立すれば、おそらく3年後には最小でも「芸能やおい」や「アイドルのHマンガ」については麻薬並に扱われ、持っているだけで逮捕・処罰の対象となってしまうわけです…しかも、これですら「最悪の場合の予想」ではありません。法案を作成している議員の中には、ドサクサにまぎれてそれ以上に規制を広げることを狙う動きまであるのです。こんな恐ろしいことはありません。
しかし法案の行く末はまだ、当事者を含めて誰にも分かりません。以上で述べたことも、私のウォッチに基づく予測に過ぎません。この法案から目を離すことはできない状況は、まだしばらく続きそうなのです。私たち「マンガ防衛同盟」としても、油断せずにこの問題に取り組んで行きたいと考えています。ぜひ『AIDE新聞』読者の皆さんもご意見、ご提案を、この号に掲載しました意見広告にあります連絡先までお寄せください。お待ちしています。
マンガ防衛同盟(マンガページ)
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